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慣れ

先日、耳にした事で

被災地に炊き出しに行ってる知人達がいて

最初の頃は、あり難がられ、次は何が出るかと期待されて

奉仕する知人たちもやる気満々だったそうで

しかし・・・

4ヶ月たった今は、炊き出しが当たり前になり

それは、飽きたと言われ、あまり喜ばれないんだと言っていた。

それを聞いて、考えた。

自分にも置き換えて。

そりゃー4ヶ月たちこの状態に絶望的にもなるだろうし、

炊き出しにもあきるだろう。

毎食、毎食、あり難いと思うことも

なかなか出来ないことかもしれません。

感謝なんですけどね・・・どんな状況であっても・・・

そして

やってる側も、

やってあげてる・・・という自分がいたら返って奉仕はしない方がいい。

そこに見返りが入ると奉仕ではなく違うものになるから。。

「慣れる」というのは、

いい意味と悪い意味どちらも存在しているものですね。



そして・・・とても小さな

とても幸せな私ごとですが

例えば・・・エアコンは、あるのが当たり前とずーっと思っていた。

(小さい話ですみません。。)

でも、特に都内では、ないと暮らせない状況になっているのが現実で

たまたまここが、都内に比べ発してる熱量が少ないし

隣がひしめきあってないので風が通るわけで

だから暑くてもクーラー無しで過ごせたんだなーと言う事に気づきました。

それと、騒音がまったく違う。森林の中ではないので0ではないが

都内と比べものにならない。ノイズキャンセラーは田舎じゃ必要

ないですもんね。

そして土地という土地に

建てなきゃ損みたいになっている状態がそもそもおかしいんじゃないか。。

自然の摂理にあってないはず。。

駅から、歩いて30分のところに住む自体

ないことだった。

駅から徒歩何分は当たり前の事だった。

ここに住んでみて初めて豊かさは何かと考えた。

長い間、感覚が麻痺してることにも気がついてなかったって

言う事が、また凄いことで。

当たり前ということが多すぎるのでは・・・。

便利さをとるか、豊かさをとるか。

ちょっと前の私は、この場所に来て

すぐ出ると思っていたんです。。

今は考えがずいぶん変わって

ちょっと前までと「豊かさ」の意味さえも違う。

すごい田舎に来たわけじゃないのに・・。

いつか、また働く時、引っ越す時が訪れたら

この感覚は忘れてしまうものなのか

どちらにせよ「慣れ」という感覚は恐いものです。

そう思うと当たり前の事が多すぎて

今まで生きてこられた事、そして今

感謝せずにはいられません。

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by cocomocafe | 2011-07-13 14:02 | 日々
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